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“お芝居をしないと、この社会では異邦人として扱われるほかない”

無駄なく最短最速で?〜アルケミスト

多くの人は「最短で」ということに目がくらむというか、魅力を感じるようです。(かくいうわたしも)

無駄なく最短最速で。

でもそんなもの(方法)はありません。

結果としてそう(最短だと)感じることはあっても、計測できる(他と比べて)「最短最速」なんてないのです。

なのにそれを探そうとするから、その果てしない旅を続け、いつしか旅の目的地に着くことが忘れ去られ、旅自体が目的(ゴール)になっていきます。(目的地がない旅ってあるのだろうか?あ、ありますね)

もちろん旅自体を目的とすることが悪いとか無駄だということではなく。

でもそれは旅ではなく「放浪」といいます。

無駄を無駄としてしまうのは、それが無駄(という価値)だからではなく、無駄だとしてしまう自分の在り方。

自分の経験に照らしてみると、多くのこと(そして大切、衝撃のあったこと)はじつはすでに知っていたり、目の前や周囲にあったことです。

見えていたのに、知っていたのに、でも「そうとは」見えなかった。(感じられなかった)

もしくは、あったのに見えてなかった、気づいてなかった。

だから、距離だけでいえば(到達時間も含めて)常に「最短最速」はあるわけです。

それをそれとする自分であるか否かというだけで。

そのためにはやはり旅が、経験が必要です。

そしてそれは一見無駄だったり苦労だったり、大変で面倒くさいものかもしれません。

それでもそれ(無駄)がなければそれ(価値)は生まれないのです。

そのための「無駄」はおおいに甘受しましょう。

「無駄」が「豊穣」に変わる瞬間、世界を希求しながら。